「わかり方」について

「わかる」という場合に、文字の上でも「分かる」「判る」「解る」とか、いろいろありますよね。
Youtubeで、河合隼雄さんの「現代人と心の問題」という動画をみたのですが、そこで、私も精神医学で非常に大事なことだと思っている、「わかり方」について、ぴったりとくるお話しをされていたので、少し書き留めておきたいと思います。
A:「持ち上げたコップから手を離したら下に落ちたのは、地球の引力がはたらいたからだ」
B:「太郎君の元気がないのは、花子さんからフラれて落ち込んでいるからだ」
Aは、科学的根拠による「因果関係の説明」で、Bは物語としての「意味の了解」ということになります。
地球上でコップから手を離せば必ず下に落ちるのですが、太郎君は花子さんにフラれたからといって必ずしも元気がなくなるとは限りません。当たり前のことなのですが、この二種類のわかり方をはっきり自覚して区別することが、心理学でも精神医学でも非常に重要です。例えば、「太郎君は元気がないので、脳のセロトニンを増やす薬を飲んだ方が良い」というようなわかり方は、AとBのわかり方がごちゃ混ぜになっています。当たり前のことのように思いますが、さらにいうと、「太郎君は専門家によるIQ検査の結果が68だったから、知能の発達に障害がある」とか、「太郎君はMRI検査で前頭葉の血流が低下しているので、自分の行動をコントロールする力が弱い」のようなわかり方については、よく注意しないとAとBの区別がつかなくなる可能性があるわけです。「専門家の意見」というと、何となくAのわかり方のように思いこんでしまうことがあるのですが、本当はAとBがごちゃ混ぜになっていないか、注意しないといけないということですね。
